情報整理、情報収集。Web標準、SEO、モバイル、WordPress関連の勉強。映画、音楽、本とかの備忘録。

Archive for the '考え中' Category

モバイルSEOの効果測定は難しい

2007年3月13日 火曜日 - 22時47分04秒 by Yosuke

モバイルSEOの効果測定は今も難しいし、今後も難しくなっていくでしょう。

それは、検索結果がより個別化されていくため。

まず、モバイル検索サイトにアクセスする携帯端末による検索結果の違いから。

  • 携帯電話か、PHSか、PDAか、DSなどの携帯ゲーム機か。
  • 携帯電話の場合キャリアはDoCoMoか、auか、SoftBankか。
  • mova/FOMAか、Flash対応かどうかなど、端末ごとの特性は。

これに加えて、

  • 位置情報
  • PCでも始まっているパーソナイライズド化

もモバイルでは特に重要な要素なので、検索にも要素として今後加味されていくように思います。

携帯端末は画面が小さいため、モバイル検索結果では多数の選択肢から選ばせるロボット検索型よりも、少数で洗練された検索結果を表示するディレクトリ型の方が支持される傾向にあります。

とすると、PCよりもパーソナイライズドが推進されるし、上記のような検索結果の絞り込み方もどんどん試されていくのではないでしょうか。

そうなると、初期状態での検索結果で上位表示する意味がなくなりつつあります。

では、どのようにモバイルSEOの効果測定を行えばよいのでしょう?

1つの考えとしては、上記に挙げたようなユーザー属性の違いを考察できる要素を取得できるモバイルアクセス解析ツールを使用し、そこで取得したPV、CV値と、初期値を比べた差異から、弱みを発見し、正していくことがモバイルSEOの効果測定の指標になるのではないかなぁ、と。

情報技術は人間を幸せにする?

2007年2月22日 木曜日 - 0時36分03秒 by Yosuke

2/19に東工大で行われた東浩紀の講演「情報社会の思想」の議事録、
メタサブカル病 - 東浩紀講演「情報社会の思想」
より、ちょっとだけGoogleに触れた箇所が興味深かった。以下、長いけど引用。

東はポストモダンを研究しながらネットをしていた
はたして情報技術は人間を幸せにするのか、という疑問を持つようになる

先に今日の結論を言うと、
情報技術は人間を
動物的には
幸せにするが人間的にはあやしい

人間の動物的な快楽にはすごくうまく働く
自動販売機で缶ジュースを買う
Amazonでのおすすめ
りんご好きなの?じゃあ次はバナナ食え
これまでの商品の吟味とは異なっている
Googleトライアングル
人間はその3角形しか動いていない 下のほうは見ていない 次のページもみない
その3角形に載っている広告は高い
判断材料なくその広告をクリック
生理的なもの

これまでだったらチラシをいっぱい作る
インターネットが出現することによって
目線の集中する箇所に広告を置くようになる

Googleがあればいろんな情報が手に入るので吟味できる
でも違う
あまりにも情報量が多いので
限られた視野が生理的に選ばれる

選択の自由を増進しない
人間がどこをクリックするか
どんな字が見やすいか
そういったものが秩序を作っていく

快を増やすが
自由や世界性の感覚を奪う

Googleでは莫大な情報の中から、目的の情報を個人が取捨選択できるようなインターフェイスを用意しているが、あまりにも情報が多すぎて、結局、クリックされる箇所やフォント、ライティングが生理的に秩序化されてきている。よって、ユーザーが自由意志で選んでいるわけではない。

そうすると、その人間の生理に合わせた情報がクリックされやすくなる。人間の側にすり寄ってくる情報が選択されやすくなる。それは快であるが故に、より一層判断をしなくなる。結果として、人間から自由を奪う方向にある。

こういった理解で良いのかな。
社会学部出身のくせに東氏の著作にほぼ目を通していないので、これをきっかけにきちんと読もうと思います。

あと、
ised@glocom : 情報社会の倫理と設計についての学際的研究
とか、
波状言論>情報自由論
も読んでおきましょう。

飛浩隆『象られた力』

2007年2月18日 日曜日 - 14時39分13秒 by Yosuke

「伝説のSF作家」飛浩隆の初期中短編集を集めた作品集。中編『象られた力』は第26回日本SF大賞受賞。

象られた力

表題作『象られた力』において、印象に残ったのは、P260の下記の一節。

情動は人間が進化の過程で環境に最適化するために作り上げたツール、機械的な仕組みだといえる。人間の内部にセットされたそのツールを、外部から呼び出したり制御したりするコマンド、それを言語の組み合わせで開発しようというのが詩や演劇や小説といった文学システムだったわけだが、感情じたいがそもそも機械的なものなら、もっと別のコマンドを ー たとえば図形の形で ー 開発することも可能なのではないか。図形化したコマンドを光学読み取りさせて、人間というシステムに指令を出す……どこにもふしぎはない。

おそらく、この発想が最初にあって、この小説が生まれたのだと思う。

人が何かを体験し心を揺さぶられる、そこに個人差はあれど一定のルールやフォーマットが存在するのであれば、その体験を1つの図形に圧縮し、見せることで、同じように心を揺さぶることができる。でも、それには図像をデコードする際の共通認識を育てることが必須で、その取っ掛かりとして、人間が図形に興味・関心を抱かせるための先験的なアプローチが必要になる。

少し作品中でも触れられているが、こういうのを広告・マーケティングに流用するとどうなるんだろう。サブリミナル効果というのは顕在意識を素通りし、直接潜在意識に刺激を与えるらしいけど、作中の図形効果もそれに似ているのだと思う。購買意欲を促進するために、人間をシステムとして捉える観点というのは、今後大きくなっていく気がします。

あと、『デュオ』もよかったですね。

[参照]

三崎亜記『となり町戦争』

- 14時03分15秒 by Yosuke

突然公共事業の一環として始まるとなり町との戦争を描いた作品。小説すばる新人賞受賞。

となり町戦争

Amazonのレビューでも「説明がされない」とか「よくわからない」といった感想が多く寄せられていますが、むしろそれこそが、作品の中で主人公が感じている「リアリティのなさ」なのではないでしょうか。現実社会では随所に偽装されているそれをデフォルメした形で描いている作品だと感じました。

「よくわからない」「説明がされない」から悪い作品なのではなくて、その「よくわからない」「説明がされない」のはなぜなのか?ということを、本や映画などに接する時は考えなければならないし、それが作品に接する時の「面白さ」だと思うのです。

梅田 望夫、平野 啓一郎『ウェブ人間論』

2007年2月7日 水曜日 - 23時49分58秒 by Yosuke

Amazonで購入したこと忘れてて、新千歳空港でも買ってしまった『ウェブ人間論』。そして、今はなぜか手元に2冊ともないという状況での読書ノートです。

ウェブ人間論

[P24〜25]:「知ってる」ことは大したことじゃない

ネットでは誰もが膨大な情報にアクセスすることが可能。であるから、何かについて「知ってる」「詳しい」という状態は、たまたま、その人がその時点で知ることになっただけの一知識でしかなく、得ようと思えば誰でも得られる状態にある知識でしかない。

この状況がいわゆる「高速道路化」を生む。興味さえあれば誰でもすぐに従来の専門家レベルの知識を得ることができる。しかし、その後に大渋滞が待っているのだと羽生善治は説く。

その大渋滞を超えるきっかけの1つが構造化能力である。誰でも集められる情報をどう組み合わせるのか、どう活かし何を生み出すか。ここにはまた異なる能力が必要で、個人的な考えでは、それはアイディアとか発想というもので、その土壌となるのが経験知や技術力だと考える。

※高速道路と大渋滞については下記参照。
CNET Japan Blog - 梅田望夫・英語で読むITトレンド:インターネットの普及がもたらした学習の高速道路と大渋滞

[P55〜57]:友達基準は「使える人」

情報はネット上でアクセシブルな状態にあるが、それをどう利用するかについてはやはり専門家の示唆が必要。で、現代では1人が全ての情報に通底するのは不可能なので、道具や友人と協力して解答を出すスキルが高くなってきている。

すると、ざっくり考えて、

能力=情報収集力+人脈+構造化、アウトプット力

という式が成り立つような気がする。

この傾向から、友人関係においても「何かに詳しい」だとか、特殊なスキルがあるというのが重視される。ギブ&テイクな人間関係が普通になり、人脈のトレードが頻繁に行われ、ハブとなる人間が高い評価を受ける。友達、人付き合いの功利主義化が進んでいるのではないか。これは身に覚えがなくもないように思う。

[P69]:あの頃、ネットがあったら

私も平野氏と同様に音楽が好きだったが、田舎の高校だったので趣味を共有できた経験がなかった。しかし、高校の時にネットがあったら、ネット中心の生活になっていたかと考えると決してそうではないような気がする。

なぜか。今思い当たるのは3点。

  1. 憧れの対象が卑近化されてしまう。
  2. 自分と同じ趣味、嗜好を持つ人間の多さに同族嫌悪を感じてしまう。
  3. 共有する時間よりも、より音楽を聴くことを優先すると思う。

1は上京してから、以前より音楽に対する熱意がなくなった理由とも重なる。
2は特に思春期の頃なんて、皆そうではないだろか。誰とも似ていたくないみたいな。

[P93〜97]:たかがネット

リアルと比べ、ネットの世界で循環するお金は少ない。ネットで特化しているのは情報の流動で、それはほとんどがタダ。

であるから、経済的な面や本当に大きな出来事はネットだけで完結せず、リアルにも影響を及ぼすものでなくてはならない。そうなると、ネット上でリアルと切り離した別人格としてブログなり情報公開なりをしているより、ネットはあくまで一形態でしかないという態度の方がリアルへの還元はされやすい。

[P101〜103]:何かを決めるときは、まず検索を考えて

検索して空いている言葉と埋まっている言葉を活用することが重要。

出したい情報(社名、サービス名)はインデックス数が少ない言葉、出したくない情報(子供の名前)は既に情報が溢れている言葉を利用する。

情報は出せば出すほど自分でコントロールできるようになる。どんな情報でも公開していれば、その情報に関するコメントなどが広まり、検索結果ページを埋め尽くすことにつながる。これもSEOの一種。

[P111]:ネットリテラシーは生存本能

ネットには悪意や悪口も溢れているが、だからといって、その可能性を閉じてしまうのはもったいない。ネットリテラシーは生存本能、環境適応のようなもの。自然に負の部分をやり過ごす能力は身に付いていくものである。